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「これからの歯科技工界を思う」 ー仁科匡生 先生御講演ー

第16回神奈川歯科技工ネット研究会

 

「これからの歯科技工界を思う」

-仁科匡生 先生御講演-

 

 

横浜市立大学附属病院 歯科・口腔外科 技工室         早川浩生

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  去る平成23年7月15日(金)かながわ県民活動サポートセンター会議室301号室において第16回神奈川歯科技工ネット研究会の定例会が開催された.

  今回はいつもの様な会員同士によるワークショップの時間を設けず,講演会形式で進められた.

  「これからの歯科技工界を思う」とのテーマで 仁科匡生氏(元神奈川歯科大学附属歯科技工専門学校副校長)が会員への“特別講義”ともいえる講演を行った.参加者は35名.いつもとは違う形式,いつもと違う部屋の規模・参加者で,いつもとは違う昂然たるテーマで,業界の将来を展望した総論的な講演と相成った.

 

 

  仁科氏は冒頭,本年3月の東日本大震災に伴い災害に見舞われた方々へのお悔やみと哀悼の意をスライドの1枚目を使って表され,心からの惻隠のメッセージを読み上げられた.

  まずは仁科氏のこれまでの歩み,活動の一端が披瀝された.“顕微鏡下でミクロ単位の歯科技工を行う”という概念の提唱を,世界で最初にされた仁科氏は,その普及のためにオリンパス株式会社(当時のオリンパス光学工業)と共同で歯科技工作業に特化した卓上双眼実体顕微鏡の開発を行なわれた.オリンパスとはその後キャスタブルセラミックス(OCC)の開発などでも関わられたそうです.これが現在,日本の歯科技工所・歯科技工室には必ず備えてある技工用マイクロスコープですが,あくなき適合への追求と客観性を持った品質管理という,現代でも共通する大切なベースをここに築いたといえる.

 

 

  また,世界の歯科理工学のバイブルである『Skinner’s Science of Dental Materials(スキンナー歯科材料学)』の著者Dr. Phillipsとのポートレイトを披露された(写真①➁).学会会場ではじめて御大と言葉を交わされた時の思い出を仁科氏はとても大切にされているとのことでした.

 

 

歯科技工のFactory Automation:FA(自働工業化)

  従来手工業である歯科技工作業を,数値解析(numerical analysis)することにより自動化・工業化(FA)を志向するべきである.革新的な技術進歩(technical progress)の波は今後も留まることは無い.歯科技工士も今後は“Biomechanical Technolosist”を目指すべきである.

  仁科氏は御自身が渉猟したYouTubeの動画を示し,インタラクティブなプレゼンとした.16軸加工のCAD/CAMは,表裏自在の滑らかなテーブルの動きであっという間にブリッジを削り出した.また別の動画は,口腔内に装着固定したセラミックス塊より,直接口腔内にエンドミルを挿入し削り始めたのには驚いた.診療ユニットに患者を座らせて固定し,CAD/CAMにより切削している様子は,さながら近未来の映画の様であった.動画映像を観て,不謹慎ではありますが筆者はチャップリン映画『モダン・タイムズ』の1シーンを連想してしまいました.自動給食機?に装着されたとうもろこしがチャップリンの顔の前で物凄い勢いでブン回り出すアレです.

  今後の診療は,支台形成までは今迄と同じでも,口腔内デジタル印象システムなど非接触式のデータ採取,またこれに対応して仮想空間内におけるCADデータ生成,CAMによる製品完成と,これからの歯科技工が変わっていくことを示した.これらは仁科氏が20年前から提唱している「Intelligent Dental Laboratory」がいよいよ現実になって来たといえる表徴である.

 

歯科技工教育の変遷と将来展望

  仁科氏は30余年の教育現場の経験から,歯科技工教育の社会的需要と供給の反比例や,高齢化社会に対する展望などなど,実際と現実との“ずれ”が,こと歯科技工界に於いては様々な局面で多いのではないかと問いかけた.本来,【産業の入り口】は教育に代表される学問と研究であり,これに対応する【産業の出口】は歯科界でいえば臨床(現場)が相当する.2000年には歯科技工士の高度教育化の足がかりとなる法改正がなされ,来たるべくして広島大学,東京医科歯科大学に4年制の学部教育としての歯科技工の高度教育機関が設置された.学問としての歯科技工はこれを契機として今後益々発展して行くであろうが,産業の出口,受け皿の側たる業界の制度がいまだ未成熟であると指摘した.

 

素材としての材料と加工法による相違

 金属結晶学の見地から結晶粒の微細化・均質化が重要であり,単に適合が良いだけでなく金属組織の特性を最大限活かすには核生成・成長を意識した“凝固のコントロール”を考慮しなければならないと説かれた.チタンの歯科利用について永年研究に携わって来た仁科氏は,チタン溶湯の“凝固のコントロール”をすることによって組成的過冷却が起き,良質な結晶粒を備えた鋳塊が得られることを解説した.歯科技工士もただ単に歯科技工物を作るだけでなく,品質管理の上からも長持ちのする製品作りのためのノウハウを蓄積しなければならないと諭された.

 

バイオニックデザイン

  2010年1月のナショナルジオグラフィック英語版に掲載された,先天的に聴力の無い幼児の頭蓋骨内の内耳に電極を埋め込み,聴神経を直接電気刺激することによって音声情報を中枢に伝える機器―人工内耳(Cochlear Implant)について紹介された.研究と試作に15年ほどを費やしたコクレア社(豪州)の人工内耳「N22」や「N24」などの埋入手術後に聴力や言語を獲得していくことが可能になるというものである.

http://www.youtube.com/watch?v=k9dTntdC9s4&feature=related

  また,肩に装着し,脳からの信号により連動する義手(Limb Hand)なども動画で紹介された.これらBi-on-ics の概念にも必要な身体の“側”の製作にも歯科技工の製作加工技術が役に立つのではないかと示唆された.この様に新しい領域を模索する感性も必要とのことであった.

 

 

  仁科氏は日頃,御自身の業績をあまり披露されないのでここに記してみます.

――――   一例を挙げれば,旭硝子株式会社(当時)と協力し,浮谷 實 教授らと連名にて結晶化ガラスの実用新案;『人工歯冠(実開昭62-033820)』(1985年申請・1987年2月公開)を取得.1995年7月には東邦チタニウム株式会社と共同で特許;『チタン系基材とセラミックスとの接合剤および接合方法(特開平07-187840)』などの取得もされている.

  筆者個人にとって,研究者としての仁科先生を印象付けた代表著作は,1991年から1992年にかけてQuintessence of Dental Technology(QDT)誌上に掲載された一連の連載,『歯科技工における鋳造設計 凝固のコントロール』でした.当時学生だった私はとても影響を受け,歯科技工の世界にも,掘り下げて素晴らしい基礎研究をなされている先生が確かにいるということを認識し,心強く思ったものです.蠟形埋没時にチルメタル(冷し金)を付着させ,さらにはスプルーイングの設計に関しても,当時同級生と一緒に試してみたものです.その後卒後2年目ぐらいだったでしょうか.恐れ多くもいったいどんな先生なのか,教えを請うとまではいかずともお目にかかってアカデミックな刺激を受けたいと奮起し,学校をお訪ねしたのがつい先日の様に感じます.

  また,仁科氏は講演の中で2006年に刊行された月刊「歯科技工」別冊『 臨床でいきる デンタルマテリアルズ & テクノロジー 』を聴衆に薦められた.昭和大学歯科理工学教室の総力を挙げて上梓されたこの書籍は,現代の歯科材料学・歯科加工技術全体を網羅しつつ平易な文章で綴られた教科書として,臨床家に対しても推薦するに値する素晴らしい記念碑的著作物であると推奨した.

http://www.ishiyaku.co.jp/search/details.aspx?bookcode=360490

 

  講演の最後には,“Bio dental technologist”を提唱され,これから先の未来は“バイオ歯科技工(士)”を指向するべきであると締め括られた.今回の特別講演でも,終始一貫して歯科理工学の重要性を滔々と語って下さいました.仁科先生におかれましてはこれからも歯科技工業界・歯科技工学会の木鐸として,今までと同様,率先して私たちを導いて下さることをお願いして擱筆します.

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歯科技工学 Intelligent Dental Technology ホームページ(PDF資料がここにあります)

http://www5a.biglobe.ne.jp/~nienan/

 

図1.写真① Skinner's Science of Dental Materials(スキンナー歯科材料学)の著者Dr.Phillipsと

2011818a.jpg

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

写真② Dr.Phillips御大による仁科先生への私信

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「SWOT分析による地域連携歯科技工ネットワークを主体とした今後の事業展開」 研究発表報告 「在宅歯科医療と歯科技工」 ー菅 武雄 先生御講演ー
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