「なぜ今プレス素材なのか?~IPS e.max システム~」
「なぜ今プレス素材なのか?~IPS e.max システム~」
Ivoclar Vivadent株式会社 テクニカルサポートアシスタントマネージャー 阿部健太郎氏 講演
アルモニア 傳寳弥里
5月18日(金)かながわ県民活動サポートセンター305会議室において,第24回定例会が開催された.
今回はIvoclar Vivadent株式会社(以下イボクラ)テクニカルサポート アシスタントマネージャーの阿部健太郎氏をお招きして,ここ数年前から関東を中心に導入ラボが増えているシステムIPS e.maxプレスについて「なぜ今プレス素材なのか?~IPS e.max システム~」と題してご講演いただいた.
当日は,やはり関心の高さからか,各社の社員の方々も多く来られ予想を上回る参加者で受付が慌しい中,定刻となり,トレードマークの社名入りのポロシャツにグレーのジーンズという出で立ちの阿部氏が,大きな体格に比例した大きな声でマイクを使わずに肉声で講演を開始した.
プレッサブルセラミック
オールセラミックの歴史はキャスタブルセラミックから始まる.これは金属の代わりにガラスを鋳造するもので,きちんとしたルールを守らないと鋳造できず,また鋳造できたとしても鋳造物(鋳造体)の物性の不安定さに問題があった.
そこでその問題を解決したオールセラミック「物性(結晶構造)を変化させずに製作でき,加工物の物性が術者によって変わらないプレッサブルセラミック」が開発され,約20年前にイボクラよりIPS Empressが発売された.そして,Empress2,e.maxプレスと進化を続けている.
プレッサブルセラミックは,餅状に軟化されたガラスセラミックのインゴットをプレスして鋳型に押し込んで加圧成型していくものである(工業界でいう射出成型).物性を変えずに製作するにはプレスする際のインゴットへの加圧時間と鋳型とインゴットへの加熱時間をいかに短くするかが重要になる.
e-.maxプレスのインゴットは90%の二ケイ酸リチウムと10%のガラスマトリックスから形成されている.阿部氏はそれらを大福餅の小豆と餡に例えてプレスに重要な加圧,加熱について分かりやすく説明した.
「それは本当にIPS e.maxですか?」
物性を変えないためには小豆を潰さずに餡の部分だけを移動させて大福餅の形を変えることが必要でプレスの時間が長ければ小豆は潰れてしまい,大福餅は型からはみ出てしまう.また,加熱をしすぎれば小豆は煮崩れてしまう.小豆が潰れてしまえば,曲げ強度400㎫の値は得られない.
e.maxのインゴットは,イボクラが販売している専用のプレス機がなければ90%の小豆の残った状態でプレスを完了することは出来ない.それは特許技術である圧力センサー付き電子式プレスドライブでプレスプランジャーのコントロールにより,材料ごとに適した圧力と時間でプレスが出来る事と,QTK(クォーツチューブカンタル)テクノロジーを採用したことによる均一な熱放射が可能で,すばやい加熱が出来ることによる.他社メーカーのプレス機はプログラムされた一定のプレススケジュールでプレスするので加圧不足や過加圧が起こる可能性がある.実際,e.maxのインゴットを他社のプレス機でプレスしトラブルが発生することが起きている.
e.maxのインゴットはe.max専用のプレス機でプレスすることによって,本当のe.maxの補綴物になるのである.正規の物を使用することを推奨することは営業の面からみても,経営分析でいうところの強みとして使えるはずである.
審美的補綴物製作時の材料の選択基準
現在,審美的欲求を満たす補綴物としてはメタルボンドCr,ジルコボンドCr,e.maxプレスCrが主となると考えられる.フルジルコニアCrもあるが,現時点では光の透過性の点からみて,まだ審美的欲求を満たすとはいえない.
前述3種の補綴物の中で光の透過性からみるとe.maxプレスCrが優位であることは言うに及ばないが強度の面においても優位であることは以外に知られていない.これはe.maxプレスCrをステイニング法で仕上げた場合に限るが,ニューヨーク審美学会で発表されたデータによると350Nの力でジルコボンドCrの陶材は破折したが1000Nの力でもe.maxプレスCrは破折しなかった.
メタルボンドもジルコボンドもフレーム材は硬くとも表面の陶材は軟らかい.このことから,e.maxプレスCr(ステイニング法)はある程度の強度を持ちながら優れた審美性を持つ補綴物と言えるであろう.ただ,条件により全ての症例がe.maxプレスで製作できるわけではない.そのため,イボクラではいろいろなラインナップを揃えることにより,それらに対応出来るようになっている.
IPS e.maxのラインナップ
現在のラインナップは以下の通りである.
PRESS CAD/CAM
Press |
ZirPress |
|
ZirCAD |
CAD |
Ceram |
Press 曲げ強度400㎫の二ケイ酸リチウムガラスセラミックスブロック.透明度の違う4種類(HT,LT,MO,HO)のインゴットがあり,それぞれ20色,20色,5色,3色のインゴットがあり使い分けることにより様々な症例に対応できる.さらに昨年,インパルス(バリュー3種,オパール2種)が追加された.
ZirPress ジルコニアのフレームの上にプレスするインゴット.曲げ強度110㎫のフルオロアパタイトガラスセラミックブロック.透明度の違う3種類(HT,LT,MO)各13色とジンジバ2色のインゴットがある.
ZirCAD CAD/CAM用のイットリウム安定化ジルコニアの酸化ジルコニウムブロック.
曲げ強度900㎫以上.セレックinLabまたはKavoエベレストで加工.
CAD CAD/CAM用の二ケイ酸リチウムガラスセラミックブロック.曲げ強度360㎫.
透明度の違う3種類(HT,LT,MO)があり,それぞれ20色,20色,5色のブロックがある.CAD/CAM加工機で削りだし後,専用ファーネスでクリスタライゼーションを行う.CAD/CAMパートナーはSirona社,Kavo社,Straumann社,NobelBiocare社.
Ceram e.max全てのラインナップのインゴット,ブロックに対応するナノフルオロアパタイトガラスセラミックス.曲げ強度は90㎫.ジルライナーを使用することにより,酸化ジルコニアフレームにも築盛可能.
イボクラでは月間数億円の売上げの内の80%がLTとHTのインゴットであるという.
通常の臨床症例において,この2種類のインゴットに対しステイニング法で仕上げた補綴物が強度,審美の観点から支持を得ているからである.ただ,Press単体では小臼歯までの3本Br.までが限度であり,大臼歯を含むBr.は禁忌であった.そこで,ジルコニアフレーム上にプレスするZirPressが開発された.これにより,インレーBr.にも対応できるようになった.しかし,ジルコニアフレームとの熱膨張係数の違いから,二ケイ酸リチウムが使用できず,リューサイト系になってしまいPressよりも曲げ強度が下がってしまった.
そこで,プレスが出来ないのであれば,CAD/CAMで製作したものを接着すればいいということになり,IPS e.max CAD-on(キャドオン)が開発された.
この様にラインナップを増やしていくことにより,e.maxシステムはさまざまな症例に対応できるように進化して来た.まだ発売は決まっていないが彩度・透明度がグラデーションしているマルチというインゴットも開発されている.
また,e.maxのシリーズではないが,メタルの上にプレスをするIPS InLineシリーズがある.熟練の術者であれば,メタルフレームの上に直接セラミックを築盛した方が早いと思われると思うが術者によって強度に差が出ることのないプレスシステムを用いることで安定した補綴物を納品する事ができるメリットがある.技術の平準化とう意味合いにおいても有用である.
歯科医院へのアプローチ
セレックinLabが売れているという(販売件数:年500件以上).歯科医院はファーネスを持っていない事が多いのでZirCAD,CADで削り出したブロックを仕上げる事が出来ない.ラボで仕上げをするという名目で売り込みをはかることは,一つの営業ポイントになるのではないか.
また,イボクラでは技工の材料を販売するだけでなく,補綴物としてのそれらを成功に導くための一連の製品を販売している.例えば,e.maxプレスCrをセットする際のセメント合着の前処理材がある.前処理をきちんとする事で接着が強固になり破折の予防となる.技工士は技工製作物を納品するだけでなく,その技工物をセットする際に歯科医院で何が必要で何が大切なのかを知っておくべきである.それは営業の際の強みになるはずである.
講演の始めと終わりに阿部氏は自社の紹介をされた.まとめさせていただくと,2007年6月にIvoclar Vivadent Japanが設立され,現在までの5年間で社員42名までになった.社内には阿部氏を含む5名の歯科技工士が社内トレーナーとして勤務し,4ヶ所にある「ICD」と呼ばれる研修室において商品の紹介等をしている.
また,外部インストラクターを持ち,セミナー等を行っている.本社のあるリヒテンシュタイン公国(世界で6番目に小さい国)にある研修センターへ是非来て見て頂きたいと話を結んだ.
その後,参加者の質問を受けた後,翌日のセミナーの準備の為に急いで会場をあとにされた.
お忙しいスケジュールの中,ご講演いただいた阿部氏には心から感謝申し上げます.
一昨年,ケルンのIDSに行った際のSirona社とIvoclar Vivadent社のブースの賑わいはとても印象に残っている.それから,あっという間に日本でのe.maxの導入ラボが増え,価格破壊が起きた.数ヶ月前からイボクラは「それは本当にe.maxですか?」という広告を歯科雑誌に載せている.今までは,守られていた商品の安定性が価格破壊という波の中,守られないのではないのかと危惧しているのであろう.意外だったのは,今回の講演で阿部氏がその安定性についてインゴットではなく,プレス機の方に比重を置いて講演をしたことだった.インゴットはかなりの数のメーカーから販売されているがプレス機は数社しかないので,対抗競合因子としては弱いと筆者は思っていたからである.
歯科業界のプレッサブルセラミック=e.maxという構図は,メーカーからしてみれば,有り難くもあるが,他社のインゴットを使用したり,他社のプレス機を使用した場合も含まれてしまっていることを含めると一概に喜んではいられないのであろう.
「それは本当にe.maxですか?」技工所のモラルが問われている.
Ivoclar Vivadent株式会社 http://www.cementation-navigation.com
・1923年人工歯製造会社としてスイス,チューリッヒで設立.1933年現在の所
在地であるリヒテンシュタイン公国に移転.
・1951年社名をivoclarに変更.
・1956年歯科医師向けの歯科材料としてvivadentブランドを立ち上げ.
・2001年にIvoclar Vivadent AG に社名を変更.
世界24カ国に拠点を置き,130カ国に納品.リヒテンシュタイン本社には130
名を超える研究者が研究,開発に従事している.また,ICDE(international Center
of Dental Education)と呼ばれる歯科専門のトレーニングセンターを持ち,年間
6000人の研修生が研修を受けている.