「歯科技工におけるマーケティング談義」
「歯科技工におけるマーケティング談義」
株式会社 デンタルアクト 取締役 山室拓也 氏 講演
株式会社 横浜トラスト歯科技工研究所 藤田耕介
2012年8月17日(金)に神奈川県民サポートセンターにおいて,神奈川歯科技工ネット研究会・第27回定例会が開催された.今回は会員発表として山室拓也氏(神奈川県大和市/株式会社デンタルアクト――以下,デンタルアクト)が標記テーマで登壇し,自社の事業内容や設備紹介,また「組織・人材管理」の視点から,既存のマネジメント手法を確認しながらも独自の考えを述べた.多くの会員が夏期休暇中ということもあり,参加者は少なかったが,返って形にこだわらないスタイルの講演会となり,講演後のディスカッションでは自由で活発な意見交換がなされた.
デンタルアクトは「歯科技工」「歯科材料・薬品・器械」「開発」「マネジメント」「オフィスリフォーム」等,多角的な事業を展開しており,歯科医療の総合サポートセンターとして地域貢献の役割を果たしている.
主たる事業としての歯科技工部門においては,60名以上の歯科技工士(契約歯科技工士45名を含む)が,営業部と製造部の緊密な連携によって,取引先のあらゆる要望に迅速に対応できる生産体制を整えている.2010年よりNoritake CAD/CAM system「刀」を導入し,細かいオーダーにも柔軟に対応しながらデジタル化への移行を進めているとし,義歯事業部においても,ノンクラスプデンチャー等の新素材分野へ積極的に取り組み,新しい歯科医療の可能性を広げていると報告した.
また山室氏は,歯科医療のサポート事業として,自社開発の歯科往診車を取り上げた.この往診車は,トヨタハイエースロングサイズをベースとした開発第三世代のものであり,在宅診療において十分な広さを有し活用されている.現在までに国内累計販売台数は194台という実績を誇り,東北地方太平洋沖地震による被災地においても奮闘中であると述べた.
他にも,自社で取り扱っている使用済みの注射針を安全・迅速・簡単に取り外せる歯科用注射針脱却器を紹介した(商品名:ハリパックン).この商品は,取り扱いは極めて容易でありながらも,取り外しの際に危険な注射針に手を触れる必要がなく,手指への針刺し事故の心配がないといった院内交差感染防止に有用なものである.使用済みの針がいっぱいになったら,そのまま医療廃棄物として処理ができるといった簡易性に優れていることも併せて説明した.
右の写真は,2008年ストックホルムで開催されたFDI Meeting (国際歯科学会連盟会議)Exhibitionにおいて本商品がDanderyds Snickeri社のブースで展示されたものである.
山室氏は,事業への総合的な取り組みや選定した自社製品の特徴を詳述した上で,自身の考えているマーケティング手法について語った.最初に,自社製品を形象化する際,どのようなベネフィットを歯科医院に提供できるかを常に考えているとした.その上で,一見同じようなニーズをもっているとされる歯科市場を更に細分化(セグメンテーション)していくことの有益性を述べた.更には,最もオーソドックスなマーケティングミックスの考え方である4P【製品・サービス(Product)広告・販売(Promotion)流通チャネル(Place)価格(Price)】に照らし,他社が模倣できない独自の軸を構築していく必要性を明示した.
組織が持続的な成長を達成するために最も重要な経営資源である「ヒト」への視点から,米国の心理学者であるアブラハム・マズローの「欲求5段階説」を取り上げた.現場力を推進するために社員のモチベーションを高める手法は幾多もあるが,複雑化する現代社会においては,その手法決定にも整理を伴う考え方が必要である.また社員を「賃金」や「昇進」といった画一的な側面からコントロールしてしまうという向きもあるが,斯界を取り巻く厳しい経営環境は「欲求5段階説」等の基本的な人事労務管理論を解釈し,留意するだけでも好転していくのではないかと結んだ.
最後に今後の神奈川県内における歯科技工の地域連携事業への抱負を述べた.具体的な提言はまだできる段階ではないとしながらも,早い時期に何らかの事業を構築していきたいと語った.質疑応答では,もう少し核心的な部分に触れた明瞭な発言を期待されたが,CAD/CAM Systemや営業連携等のネットワーク化における情報共有システムの構築に関して少し方向性が見出せるのではないかと述べるに止まった.
本講演会のポイントは,関連している歯科業界以外の情報や発想力を取り入れることやグローバルな紐帯を確立させるといった多角的展開力だと感じた.中小規模で専門性の高いビジネススキルに特化することが強みであった従来的な歯科技工業界においては,一見馴染まない視点であるように思われるが,今後の様々な変化に対応できるであろう「機動性」「柔軟性」「融合性」という3つの意識を重点的に学ぶことができた.
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マズローの欲求5段階説
「人間は自己実現に向かって絶えず成長する生きものである」と仮定し、人間の欲求を5段階の階層で理論化したものである。