「クリティカル・シンキングとロジカル・ライティング」
第32回神奈川歯科技工ネット研究会レポート報告
~クリティカル・シンキングとロジカル・ライティング~
横浜市立大学附属病院 歯科・口腔外科・矯正歯科 技工室 早川浩生 氏
レポーター:小倉 洋 (O.D.E代表)
去る平成25年4月19日(金),かながわ県民活動サポートセンター会議室304号室において,第32回神奈川歯科技工ネット研究会の定例会が開催された.
今回は,「クリティカル・シンキングとロジカル・ライティング」とした表記タイトルで早川浩生氏(公立大学法人 横浜市立大学付属病院 歯科・口腔外科・矯正歯科 技工室)が会員発表された.
今回は,同じ歯科技工業界とはいえ大学病院の技工部門とはなかなか縁が無く,院内ラボに務めていた経験を持つ筆者にしても日頃どのような業務をされているのか,興味深く参加した.
また当日の2日後にアイキャストワールド2013という講演会で当研究会主宰である藤田耕介氏(株式会社 横浜トラスト歯科技工研究所)がポスター発表(歯科技工におけるナレッジマネジメントの実践)をされるとのことで,その予演会も短い時間ながら行われ,会員仲間からエールが送られた.
なお,当日の例会参加者人数は13名であることも併せて報告する.
早川氏の講演内容は,自己紹介・クリティカルシンキングについて・ロジカルライティングについて・論文検索手法について,と大きく4つに分けて講演された.
自己紹介のなかで,子供のころに恐竜や化石など考古学・古生物学に大いなる思いを馳せたことを語られ,その情熱が現在の早川氏の根幹を形成している様に感じた.また,学会や研究会に所属している数の多さもさることながら,その一つひとつに真摯に向き合う姿こそ早川氏のアイデンティティであると納得した.
日常臨床ではクラウン・ブリッジや義歯の製作は勿論のこと,顎関節症のプレートや止血シーネの製作また口腔外科手術前後に関わる技工作業を行っているとのことである.さらに今までインプラント技工の初期に研究開発に携わり,サージカルステントや放射線治療に関わる口腔内装置,また口腔顎顔面補綴や予防歯科学に関わる歯科技工としてDental Drug Delivery System(3DS)のデバイスなど,いわゆる一般的な補綴物の枠を超えて多岐にわたり,歯科技工士の立場からも治療に参加すべく,考案や工夫をされてきたとのことである.
なかでも顎顔面補綴は雑誌等では知っていたものの,日常臨床でエピテーゼ等を製作する際に必要なエビデンスの確立がなされてなく,一般的な補綴物を製作するよりも多大な創意工夫が必要であることがうかがえた.
口腔顎顔面外科領域の技工は,非常に範囲が広く,またそれは併診による他の診療科からも依頼を受けることもある為であり,以下に一覧として表記した.
【口腔外科からの依頼】
[止血・保護]観血的処置時の出血を圧迫止血――止血シーネ・即時顎義歯など
[整復]骨折に伴う整復固定のための装置――床副子・線副子など
[顎矯正]矯正装置,保定装置,三次元CTなどの画像よりモデルサージェリー
[補綴]手術・外傷・奇形などによる実質欠損を補綴――顎義歯・顔面エピテーゼなど
[インプラント]人工歯根の埋入――診断用ステント・手術用ステント・上部構造など
[治療・リハビリテーション]
顎関節疾患――スプリント,言語治療――スピーチエイド・パラタルリフト・P.A.P.,
P.L.P.,放射線照射に伴う装置――モールド・スペーサー・シールド,
睡眠時無呼吸症候群のO.A.,Hotz床,Castillo-Morales口蓋床など
[予防]齲蝕感受性の高い患者および免疫低下患者の感染予防――ドラッグ・リテーナー,ナイトガード
[研究]研究に使用する治具・装置の製作加工など
【他診療科からの併診による依頼】
[形成外科]止血シーネ,gold weight implantなど
[麻酔科]気管挿管時の歯牙損傷を予防――口腔プロテクター
[耳鼻咽喉科]laryngeal microsurgery(喉頭内視鏡下手術-LMS)時の歯牙損傷を予防――口腔プロテクターなど
[放射線科]線源保持装置,組織遮蔽装置,組織保隙装置,腔内照射用アプリケーター,サイバーナイフ用装具など
[脳神経外科]頭蓋骨プレート
[皮膚科]金属アレルギー患者のパッチテスト試料採取
また,Gold weight implantという装置をご説明頂いたが,これは瞼を閉じることが出来ない患者さんに純金製の重りを製作し,上眼瞼に埋め込み物理的に重りのおもさで瞼を閉じることが出来る様にする装置である.金属を加工するだけならそれほど難しくはないが,生体に受け入れられるように維持としてのホールをどのぐらいの大きさや数を付与すればいいのか,考察が欠かせないとのことである.Gold weight implant(手術時動画――視聴注意!)
他にも,Dental Drug Delivery system(3DS)のデバイスは,別名ドラッグリテーナーとも呼ばれ歯の表面にイソジン・ゲルやグルコン酸クロルヘキシジン製剤などの除菌剤を塗布して歯の表面に作用させ,除菌したいときに用いる装置であり.歯牙を被覆し,かつ歯面との間に薬剤のスペースを有するマウスピースの様な構造となっている.この装置を用いることによってペリオや齲蝕の患者さんの治療・予防に有効とのことであり,早川氏は歯科医師の武内博郎氏と共著/鶴見大学歯学部探索歯学講座の花田信弘教授 監修で書籍を2冊上梓していると紹介された.
供覧下さった臨床写真は,どれも筆者のような一般的な臨床技工士が日頃携わることが殆んどないような技工作業であり,歯科技工の職域の広さに驚くと共に歯科技工士の活躍の可能性を感じた.
早川氏は,いままでで考えてきたこと(概念)として歯科技工士のアイデンティティの模索や口腔顎顔面外科技工の整理,さらに社会的に見た歯科医療界・歯科技工界について自身なりに思いを巡らせてきたと述べられた.またさらに,これからしたいこと(夢)として歯科技工学という学問体系の確立や医療制度の中における歯科技工の確立,新たな歯科技工分野の開拓・政策提言などであると語られた.穏やかで控えめな物言いではあるが,早川氏の実直な人柄と共に,自身の役割を率直に見つめ歯科技工業界や社会に貢献する決意を示され,そこに一人ひとりの力は小さくともそれぞれに果たすべく役割があることを学ばせて頂いた.
早川氏の歯科技工業界貢献の一つに,歯科技工士の英文表記策定がある.これは日本における歯科技工士は,全員が厚生労働省の歯科技工士名簿に登録(Registered)された,「免許のある歯科技工士」であるということであり,Registered Dental Technologist(RDT)と英文表記するべきであると主張され,正式に日本歯科技工学会において2004年8月に決議された.そしてその後全ての科目の歯科技工士の教科書表紙(新歯科技工士教本)でもそのように「Registered Dental Technologist」と表記されていると述べられ,最終目標では,世界で広く読まれているStedman's Medical Dictionary(ステッドマン医学大辞典)やDorland's Illustrated Medical Dictionary(ドーランド医学辞典),MOSBY’S Medical, Nursing, and Allied Health DICTIONARY(MOSBY医学総合辞典)などに「日本の歯科技工士はR.D.T.である」と表記されることが望ましいと述べられた.
続いて,クリティカルシンキング及びロジカルライティングについて,併せて前段としてのロジカルシンキングについても例えを提示しながら丁寧にご解説いただいた.
クリティカルシンキングとは直訳すれば,“健全な批判精神を持った客観的な思考”と言える.さらに言えば「物事を」見かけに惑わされず,多面的に捉えて,本質を見抜く思考方法と述べられた.そして大切なことは,人(他者)を批判する事ではなく論理的な探究法や推察の方法に関する知識を持ち合わせ,その方法を適切に運用する技術を習得し,それらを司るのが真摯な態度であり冷静な感情であると言う.むしろ自身を批判的・客観的に省みることに繋がる.筆者はあまりなじみが無かった語句ではあったが,講演を聞きながら,その『心のコントロール』が一番大切なのではないのかと自身なりに理解を深めたつもりである.
続いてロジカルライティングについて解説され,論理的な文章記述法のこととし,以下のような注意事項を述べられ解説された.
・要領を得ない → 伝える順番・内容の整理ができていない
・まぎらわしい → いろんな意味にとれる文章(誤解を誘発しやすい文)
・話の飛躍・論理の飛躍 → 読み手に解読を迫る文章でないか
・コンテクストに依存していないか →「暗黙の了解,一を聞いて十を知る」というハイコンテクストな日本人の前提(前後の文脈から類推させる)
・口語体と文語体の混同 → いわゆる「『ら』抜きことば」 → 「私は」「私が」の連発
・とにかく簡潔に → 意図的に難しく論理展開(記述)してはいないか?
さらに,文章の目的によりロジックを使い分ける事が大切であると説明され.例えばコラムや小説などでは,いわゆる起承転結の順に文章展開をすることが多く用いられている.また論文などのアカデミックな文章では,序論→本論→結論などのロジックを使用する.しかし,ビジネス文章では,結論→本論→まとめ,などのロジックを用いるのが適切であると述べられ,それはビジネス分野では簡潔さが求められ時間を無駄にしないことが大切であると語られ,文章の目的(論文は読み手を納得させる/ビジネス文書は読み手に次のアクションを促す)が違うことを理解し適切に使い分けて頂きたいと解説された.
また論文や文章を書く際に,参考になる書籍の一例として「考える技術・書く技術―問題解決力を伸ばすピラミッド原則」(バーバラ・ミント 著/山崎康司 訳)や「てにおは辞典」(小内一 編集―日本語コロケーション辞典)や「類語国語辞典」(大野晋・浜西正人 著)を挙げられた.
さらに学術分野における他人の文章・学説・理論等の取り入れ方を丁寧に解説され,正しいことと間違っていることをきちんと知り,ルールに則って文章と付き合って欲しいと述べられた.
最後に,論文検索手法として「医学中央雑誌」や「CiNii」・「JDreamⅢ」・「グーグルscholar」の検索エンジン.英文であれば「PubMed」のウェブサイトを利用する方法等を詳細に解説した.最後にクリティカルシンキングやロジカルシンキングも決して新しい概念でなく旧来からある論理学の上に立脚したものであるとし,これからは「歯科技工士も『不器用な匠ちゃん』のままではいけない」と話を結んだ.
筆者は文章を書くのが苦手であまり好きではなかったが,今回の早川氏の講演を拝聴し文章を書くために知っておかなければならないことを,知らないでいたことに痛感した.それ故に苦手意識や億劫がっていた自身に気が付いた.これからは只文章を書くのではなく,書く準備運動(知識のストレッチ)をして臨んで行きたい.
さらに早川氏が講演の中で,「自分が知っていることを相手は知らない」ということを“理解”するということ,「自分が知っている以上に相手は知っている」という“現実”があるということ,「自分のことは,自分が一番よくわかっている」という“幻想”があるということ,があると述べられた.これはクリティカルシンキングということに止まらず,人との付き合い方・仕事や友人・家族との対人関係においても本質的な大切な要素であることを理解し,胸に響いた.
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おすすめ書籍
<クリティカル・シンキング>
『クリティカル進化(シンカー)論―「OL進化論」で学ぶ思考の技法』.道田泰司,宮元博章,秋月りす(マンガ) 著:188㌻.北大路書房,京都, (1999/04)
『3分でわかる クリティカル・シンキングの基本』.小川 進,平井孝志 (著):238㌻.日本実業出版社,東京,(2009/5)
『クリティカル シンキング《入門編》―あなたの思考をガイドするプラス40の原則』. E.B.ゼックミスタ,J.E.ジョンソン 著/宮元博章,道田泰司,谷口高士,菊池 聡 訳:250㌻.北大路書房,京都,(1996/09)
『クリティカルシンキング《実践篇》―あなたの思考をガイドするプラス50の原則』.E.B.ゼックミスタ,J.E.ジョンソン 著/宮元博章,道田泰司,谷口高士,菊池 聡 訳:290㌻.北大路書房,京都,(1997/09)
<ロジカル・ライティング>
『入門 考える技術・書く技術 日本人のロジカルシンキング実践法』.山崎康司 著:ダイヤモンド社,東京,(2011/4)
『考える技術・書く技術―問題解決力を伸ばすピラミッド原則』. バーバラ ミント(Barbara Minto) 著/山崎 康司 訳:グロービスマネジメントインスティテュート社,東京, (1999/3)
『ロジカル・ライティング (BEST SOLUTION―LOGICAL COMMUNICATION SKILL TRAINING)』 照屋華子 著:208㌻.東洋経済新報社,東京,(2006/3)
<その他――>
『3分でわかる ロジカル・シンキングの基本』.大石哲之 著:224㌻.日本実業出版社,東京, (2008/6)
『ロジカル・シンキング―論理的な思考と構成のスキル(Best solution) 』.照屋華子,岡田恵子 著:227㌻.東洋経済新報社,東京,(2001/4)
『世界一やさしい問題解決の授業―自分で考え、行動する力が身につく』. 渡辺健介,matsu(マツモト ナオコ) 著:120㌻.ダイヤモンド社,東京, (2007/6)
『論理思考は万能ではない』. 松丘啓司 著:224㌻.ファーストプレス,東京, (2010/1)