「世界の歯科技工を目標にして歯科技工の質の向上を目指す」
第33回神奈川歯科技工ネット研究会
「世界の歯科技工を目標にして歯科技工の質の向上を目指す」
株式会社 横浜歯研 代表取締役 土田康夫 氏
レポーター:株式会社 横浜トラスト歯科技工研究所 藤田耕介
平成25年5月17日(金)かながわ県民活動サポートセンター会議室1501号室において土田康夫氏(株式会社 横浜歯研)が標記演題について講演された.折しも平成25年4月1日から施行された歯科技工士法一部改正に伴い,その解釈をも含めた内容とあって多くの会員が注目するタイムリーな例会となった.前半は土田氏による基調講演,続く後半では2グループに分かれて本講演内容について議論し,グループ毎の結論を発表した.
まず土田氏は今回の法改正に至る一連の動向について述べられ,歯科技工所開設者及び管理者が行政より公布された通知内容を可及的速やかに自社に取り込み,適用していくことが最大のポイントであるとの見解を示した.また,厚生労働省が既に歯科補てつ物の海外輸入問題に対して是認してしまった事象に触れ,もはや議論の余地等はなく,輸出入は自由という解釈をせざるを得ないのではないかとも語った.全国の組織ラボで構成され,自らも所属している日本歯科技工所協会においても,現在までは協会内で協定を結び一切の海外歯科補てつ物を輸入しないと相互に取り決めているが,国が容認したものをいつまでも制限しているという不合理性から脱却しこれを解除する方向で話が進んでいるとの報告をした.寧ろこのグローバル化に対して今回の法改正を機に“世界基準としての産業体系”を確立し,日本の歯科技工技術を世界に向けて発信すべき時が来たのではないかと述べられた.
次に土田氏は平成17年3月~平成25年1月までに厚生労働省によって公布された下記の通知文書一覧から順を追って詳細を解説した.本レポートでは特に関心を持った通知文書に関する解説の報告をする.
平成17年3月から平成25年1月における厚生労働省の通知文書
平成17年 3月18日☆ |
歯科技工所の構造設備基準及び歯科技工所における 歯科補てつ物等の作成等及び品質管理指針について |
平成17年 8月10日 |
歯科技工所等におけるアスベスト(石綿)を含有する製品の取扱い等について |
平成17年 9月 8日 |
国外で作成された補てつ物等の取扱いについて |
平成22年 3月31日 |
補てつ物等の作成を国外に委託する場合の使用材料の指示等について |
平成23年 6月28日☆ |
歯科医療における補てつ物等のトレーサビリティに関する指針について |
平成23年 9月26日☆ |
歯科医療の用に供する補てつ物等の安全性の確保について |
平成23年10月28日 |
歯科技工士法第26条に係る運用について |
平成23年11月11日 |
歯科技工所の開設届出に関する証明書等について |
平成24年10月 2日☆ |
歯科技工士法施行規則の一部を改正する省令の施行について |
平成24年10月 2日☆ |
歯科技工所における歯科補てつ物等の作成等及び品質管理指針について |
平成25年 1月24日 |
歯科技工所の開設等届出の確認の徹底について |
☆は医政局長通知
他は医政局歯科保健課長通知
【平成17年9月8日 国外で作成された補てつ物等の取扱いについて】
土田氏はこの通知文書について,当時は海外歯科補てつ物が問題視され始めた時期なので,行政が早めに国外で作成された補てつ物の設計や作成方法,使用材料等の安全性に関する見解を示したものだったのではないかと振り返った.その後,平成19年に海外歯科補てつ物が無検査で輸入され,一部の歯科医院で治療に使われたことを受け,患者の健康を守るために歯科技工士有志が国を相手取り裁判を起こしたことにも触れた.その訴訟の根拠となる問題意識は以下であったという.
――海外歯科補てつ物を国内で取り扱うことは違法ではないのか?国内においては有資格者が作成しなければならないという法律がありながら,国外では無資格者が作成し,その安全性に対する不備を厚生労働省が容認している矛盾――
しかし,東京高裁における一審は訴訟自体が「『法律上の争訟』にあたらない」という,門前払いともいえる敗訴であり,控訴審は差し戻しとなった.裁判長から「進行協議」も提案されたが結果は厳しいものであった.しかし,この訴えがあって厚生労働省の歯科界に対する厳格化や専門家を含む勉強会等による業界再構築への方向性が示されたことは周知の事実であると解説した.
【平成23年6月28日 歯科医療における補てつ物等のトレーサビリティに関する指針について】
土田氏は歯科技工におけるトレーサビリティとは,補てつ物作成に関する材料・製品を製作段階から最終消費者,更には廃棄段階まで追跡可能な状態であると述べた上で,この通知文書は歯科補てつ物の作成委託に係る物流システム等の多様化や国外で作成された補てつ物の安全性について関心が高まったことを踏まえて公布されたものであると詳述した.
歯科補てつ物は不特定多数に供するものではなかったので以前はこのような関心はなかったという.平成6年7月,製造物責任法(product liability law:略称:PL法)が制定(法律第八十五号)され,土田氏は歯科補てつ物へも取り入れるべきとの考えから義歯刻印事業を推進してきたとも話した.特定人に対する義歯であっても義歯刻印を施すことによって流通経路を判別できる重要性を説くと共に,災害時の身元不明者判別の観点からも大きな意味があるのではないかと説明した.
【平成23年11月11日 歯科技工所の開設届に関する証明書等について】
平成17年度の国税調査(総務省)によると全国の歯科技工士就業者数は約5万人であり,翌年の厚生労働省調査による歯科技工士数の約3万5千人と比較すると実に1万5千人にも上る差異が生じた.このことは,保健所に届け出ていない開業歯科技工士あるいは勤務歯科技工士が相当数存在することを意味し,業界実態の掴めない由々しき問題であるとした.
この通知文書は,開設届出証明書の様式まで作成したものであり,漸(ようや)く厚生労働省が本格的にこの問題に対して動き出したと思えると述べられた.自身が理事長を務める神奈川県歯科技工業協同組合では,各会員からの開設届提出後,承認順に同組合ホームページ上で公開していることを表明し,神奈川県歯科技工士会においても同様の活動をして頂きたいと抱負を述べた.そして神奈川からこのような取り組みを発信することにより,漸次全国に響いて波及するのではないかとその意義を熱く語った.
【平成24年10月2日 歯科技工士法施行規則の一部を改正する省令の施行について】
【平成24年10月2日 歯科技工所における歯科補てつ物等の作成等及び品質管理指針について】
これらの通知文書が平成25年4月1日から施行された歯科技工士法一部改正の中核を成す.総じて捉えれば,歯科技工指示書の記載事項一部改正・歯科技工所の構造設備基準・歯科補てつ物の作成管理及び品質管理を明確に定めたものである.厚生労働省令として,より安全な歯科医療の確立と歯科補てつ物の質の確保を図ることを目的として公布された.この内容について一部改正の趣旨・改正の内容・施行期日・その他について了知を促し,関係者に対する周知等,その円滑な施行を督励する通知である.
今回の改正省令は国際標準化機構(International Organization for Standardization,略称:ISO)に準拠したものであり,この部分の説明は歯科技工所としてISO9001を取得し,その経緯にも詳しい今牧 謙氏(株式会社コアデンタルラボ横浜)によって行われた.今牧氏は今回の改正省令をISO的に準え,どのような作業工程スケジュールを立て,どのような管理をし,どのような成果があったのかを記録しなければならないものであると概括し“記録すること”の重要性を強調した.
従来の作業感覚からすれば,歯科技工録や管理文書(手順書)を作成するのは非常に重荷になるとした上で,歯科技工録は歯科技工指示書とある程度関連付けて書き込めば捗(はかど)ることや,材料のロット番号等は紙媒体に残すか,デジタルデータとして残すかを整理して実行していけば良いということを解説した.但し,管理文書(手順書)作成の煩雑さについては,非常に苦慮する部分が多いとし,ポイントを絞って詳述した.
最初に工程管理及び歯科補てつ物・機器の検査に関しては,最終点検の実行記録や使用材料物質の保管,構造設備の保守点検をすべて記録しなければならないことを掲げた.
苦情処理に関しては,委託歯科医師や当該歯科医師を経由した患者からのクレーム等をすべて記録し,製品の品質等に改善の必要がある場合には所要の措置を講じなければならないとした.更には,定期的な自己点検を行い,その記録を基に漸進的な改新を果たさなければならなくなったと述べられた.しかしあくまでも土田社長は“前向きな姿勢”である.
また,教育訓練に関しては,雇用者は具体的な教育プログラムを施し,着実な成果を得て,実際的な進捗があったのかをすべて記録し,その教育実施記録を作成日から2年間保存することが義務付けられたとした.そして現状の歯科技工所経営者にとっては,人材を適切に管理・育成していくという難しい段階に進んだと思うと語った.
最後に作成工程が2箇所以上の歯科技工所にわたる歯科補てつ物の取り決めについて述べた.この場合は,一時受託者と二次受託者が適切な品質管理をするために,分担工程の範囲・技術的条件・委託歯科医師の指示確認等を双方の取り決めに従って記録しなければならなくなったとした.加えて,管理者間の連絡を密にした上で,委託歯科医師に対して,その状況を正確に伝える必要性が規定されたと言明した.
実際に今回の法改正は,口腔内に入る歯科材料物質(金属,陶材,レジン等)の適正な保管まで求められており,私達は化学物質安全性データシート〔(Material) Safety Data Sheet,略称:(M)SDS〕の管理も業務範囲の範疇になったものとして経営していかなければならないと力説した.
後半においては,木下勝喜 氏(株式会社ウェイド)による進行によって,全体討論を行った後,2グループに分かれてグループディスカッションを行った.各グループより以下の代表者がそれぞれの結論(意見)を述べた.
山室拓也(株式会社 アクト)
現在は現実的な対応として,出来る限りのデータを残す,保存しているという状態のラボが多いということだった.何か開示請求があった時に引き出しから出すという様態.具体的には社内の記録係を定め,例えば清掃時間等の時間を当て込み,記録係がその時間内に材料管理をして対応している所もある.二次受託に関しては,まずは書類整備等,出来るところから徹底して取り組んでいるといった状況である.
傳寳弥里(アルモニア)
各ラボでどのように取り組んでいるかを話し合った.実際には準備段階から一歩進んだような感じだが,更にスムーズに機能をさせるために,そのかかる費用をどうするかといった具体的な問題にぶつかっている.よく考えてみれば,歯科技工録以前の問題として歯科補てつ物へのナンバリングが施されていないこと等,矛盾点も沢山ある.もっと整備が必要なのではないかという意見もあった.
最後に再び土田氏が登壇し,以下の言葉で講演を結んだ――
「ISOに準ずるほどのものを我々がやらなければならないのならば,それは当然技術料に反映させていかなければ経営的にとてもやっていかれない.それだけのこと(技術・管理・記録)をするのであればこれを好機と捉え,日本人の歯科技工士として海外に打って出るという気持ちで今後はやっていきたいと思う.」
――歯科技工士法は歯科技工士のものであると同時に,良質な歯科補てつ物を受給するために定められた国民のものである.また,日本の歯科技工水準はその教育システムや資格制度も含めて非常に高く,他国からも評価されてきた.この法改正によりまだ現場では混乱が生じているようだが,この混乱を乗り越えた先には日本の歯科補てつ物こそが純然たる世界基準となる日が来るかもしれない.土田康夫社長の掲げられた大きな目標に深く共感した.
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トレーサビリティ(英: traceability) ――Wikipediaより
製造物責任法(PL法)入門 ――岡村久道弁護士の解説